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欧州知識人とトランプ外交を語り合う [雑感]

先週の日欧有識者対話でアメリカ新政権のアジア太平洋政策について、現時点での分析を提供する機会を頂きました。

乏しい資料、トランプ氏自身の「不確実に振る舞うことが敵への抑止になる」という考えもわかったうえで、学術的な推論を提供するのも研究者の役割と理解して、お話ししました。報告は英語ですが、以下はその骨子です。

その後、人事をめぐり迷走が続いていますが、私がお話しした「三つの問い」は当面、有効だと思います。(会議時点より若干修正しています。)

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トランプ外交を予測することほど難しいものはない。トランプ氏自身による主要演説はニクソン・センター(現Center for National Interests)で行われた16年5月のものにすぎない。先週フォーリン・ポリシー誌にグレイ・ナバッロ共著論文がでたが、彼らや、マイケル・ピルズベリー氏の影響力も正直誰も分からないのではないか。

ここでは三つの問いかけをしながら、トランプ外交の性格を考えてみたい。

1.「アメリカ・ファースト」はグローバリズムを完全に否定する?

答えはYesアンドNoだろう。
一方で、アメリカ・ファーストは貿易では保護主義につながる懸念がつよい。それはトランプ氏の政策では国内経済、雇用問題が重要視されていることと直結している。それが「ラスト(さび付いた)ベルト」の票をつかむことにもなった。結果として、外交は重商主義的な商人外交の装いをもつだろう。自由貿易は危機に瀕する。

他方で、トランプ氏のニクソン・センター演説はアメリカが人道主義を維持すると述べており、リベラルな価値を全否定はしていない。問題としているのはオバマ政権期における介入主義であり、派遣の原則を打ち立てるべきと主張している。ワインバーガー/パウエル=ドクトリンではないが、介入主義の見直しを形にしていくことは十分にあるだろう。また、民主化、人権のための介入を前面に押し出すような外交も難しくなる。

2.同盟を見限り、前方展開を見直し、孤立主義に完全に動く? 

答えはNoだろう。同盟そのものを否定したことはない。どこまで参考になるかは未知数だが、グレイ・ナバッロ論文はアジアの同盟をアメリカの戦略的基礎とみている。中国の台頭に伴う環境変化のなかで、むしろアメリカに戦略的機会があり、リベラルな既存の秩序を守るとまで言っている。ただ、ピボットという用語はTPPとともに死んだ。

孤立主義にならずとも、多国間主義(マルチラテラリズム)は道具的な意味(いわゆるA la carte多国間主義)としても意味を失いはじめるのかもしれない。単独行動主義(ユニラテラリズム)が目立つだけでなく、あらゆる分野で2国間(バイ)での交渉を好むように動くのではないか。オバマ政権がアジアのマルチに全面的に参加した、この20年でも珍しい外交を展開してきたことと対照的な結果になるだろう。

3.トランプ外交はレーガン外交を目指す? 

これまで力重視(position of strength)の外交は示唆されており、軍の規模拡大を約束している。たとえば戦闘機は3割増強など。技術革新にも言及しており、サードオフセットに通じる言及もみられる。その意味で、グレイ・ナバッロ論文が言うように、レーガン政権の安全保障政策に近い形を目指すのかも知れない。

しかし二つのポイントがある。第1に、軍事予算の増額が思い通りに進まなかったときに、果たしてどうなるのか。軍事予算に限らないが、トランプ氏の政策綱領は予算がかかるものが多く、それは議会共和党で強まっている予算縮減の政治と衝突することになる。

第2に、トランプ外交はニクソン的な「リアリズム」を発揮し、ライバルとの交渉を好むのだろう。ロシア、中国が典型的な交渉相手として示唆されるところである。

オバマ氏も外交を好んだが、イランとの交渉をトランプ外交は否定するだろう。同じ外交交渉でも何が異なるのか。

オバマ大統領は、あくまでも紛争の平和的解決、核のない世界などリベラルな秩序の実現という目標にかなう限りにおいて交渉をおこなっていた。米中首脳会談など中国との対話強化もみられたが、それも国際ルールに中国を誘い込むための交渉だった。

他方で、トランプ氏の交渉はどうも様子が違う。特定の価値観や秩序を念頭に置かず、アメリカのその場その場での国益を得るためには交渉で取引をすればよい、という考えに見える。

これは非常に危険な結果をもたらしかねない。戦後国際秩序の根幹を揺さぶり、大国間での取引が中心で、ルールによる安定が損なわれた世界が登場することにつながりかねないからだ。

アメリカの覇権的な秩序に否定的な論者はリアリストを自任し、大国協調こそ中国やインドの台頭にともなった新しい世界の力構造で重要な秩序観だと主張してきた。しかし彼らは漸進的変化を考えていたのであり、アメリカが政策を急展開させ、秩序を突然揺さぶることのリスクをどこまで理解していたのだろうか。

トランプ大統領のトップ・アジェンダは何か?

さて、過去からの教訓を一つ紹介したい。カーター政権における在韓米軍撤退を覚えているだろうか。大統領の個人的イニシアティブではじまった、韓国からの撤退は官僚機構の強力な骨抜き工作により頓挫した。しかし、あまり知られていないが、同時期、米中正常化交渉にカーターは積極的に介入している。結果として米中交渉は成功したとは言えない内容となった。(拙著『共存への模索』を参照)重要な含意は、特定のアジェンダを実現させないように官僚機構が動いたとき、別のアジェンダで大統領の考えが強く反映されることもあり得る、ということだ。大統領の介入を全てにおいてはねつけられるほど、官僚機構は強靱ではない。

大統領と官僚機構とのバーゲニングがどのように行われてくるのか、我々は注視しなければならない。TPPはいの一番に否定された。その次は何が来るのだろうか。

最後に、日本についてだが、日本への要求は基地負担増にとどまらないだろう。自衛隊の役割任務の見直しが求められたり、防衛予算増額も視野に入ってくるだろう。日本としては、なによりもまず、核武装も日本が海外派兵することも困難であることを訴えつつ、現状の枠内で漸進的に、対中戦略での役割を訴えていくほかない。


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